暁と蓮

 

夕暮れ時の河川敷を行き交うウォーキングをする人や、犬の散歩をする人に時折会釈をしながら少し早いピッチで走り続ける。

携帯には走るリズムに合わせるようにテンポの良い曲がロードワークの距離に掛かる時間分ダウンロードされている。

 ちょうど中間あたりの曲がイヤホンから流れ始めた時、少し先の緑の下草が生えた土手に人が寝転がっているのが見えた。まだ寒い季節に土手で昼寝ではないだろう。怪我や病気で倒れているのかもしれないと考え、イヤホンを耳から外しポケットに入れるとピッチを急速に上げた。

「大丈夫ですか!」

土手を少し下り、駆け寄りながら声を掛ける。

「あー大丈夫っすよ。って、あれ?暁じゃねーか。どーしたんだよ」

「どーしたってのは、こっちの台詞だぞ。こんなところで何やってんだよ大見!」

 寝転がったまま振り向いた蓮が操作していた携帯を閉じて、暁を見上げる。

「さっき、ちょっとやっちゃってな」

右足を指差し、表情を少しゆがめて笑う。

「他に怪我は?どこか傷む所はあるのか?」

 暁は額から流れる汗を袖でぬぐうと、蓮の右足の横に座ると脹脛から踵辺りをゆっくりとさわる。

「骨は折れてないけど、足首あたりがかなり腫れてるぞ。それにしても、また喧嘩か?」

 相変わらず寝転がったままの蓮に手を貸し、上半身を起させる。

「喧嘩してたんだけどな。そこじゃ怪我無しだったんだけど。土手上がってくる時に滑って足捻ったみたいなんだよ。歩こうとしたら痛てーし、どうすっかと思ってたらあきらが通りかかったと。まぁ、俺ラッキーで」

 怪我した理由があまりにもで、暁は思わず無言になる。

「俺が通りかからなかったらどうするつもりだったんだ。この足じゃ、帰れないだろ」

 自分の経験の中から、足首の捻挫の痛みを思い起こす。

「まぁ、それは其の時だろ」

 そう言ってのんきに笑う姿に、心配した自分が馬鹿らしくなって暁は怪我をしている方の足を軽く殴った。

「イテェな!こういうの地味にイテェんだよ!」

「そこまで元気なら、自力で帰れ!」

ジャージに付いた草を払い立ち上がる。

「ちょっと、待てよ!悪かったって!今度から、土手は気をつけて上がるから!」

「反省点が全く違う!しょうがねぇ、おんぶしてやるよ」

 蓮に背中を向け座ると、今度は蓮が暁を軽く殴った。

「肩貸してくれるだけで良い」

「なんだ、町内無意味に歩いて見せて回ってやろうと思ったのにな」

 反省しない仕返しとばかりに、蓮をからかう。

「ほら、立てるか?病院行くなら、紹介するぞ。」

土手の斜面を慎重に上がる。下草は滑りやすく、ここでバランスを崩せば二人で転がりかねない。そうなったら、笑うしかないだろう。

「家でいいよ、直ぐそこだから。その後、やばそうなら病院行く」

蓮の右肩を支え、ゆっくりと歩く。

「捻挫を甘く見るなよ、後に響くぞ」

「あいよ。次からは、橋の下じゃ喧嘩しねぇって」

相変わらずの論点のズレ方だ。

「蓮!!こんなところに居たのか!」

遠くの方から名前を呼ばれて、蓮が振り向くと慎之介がかなり息を切らして走ってきた。

「小鳥遊先輩、すいません。俺、遅くなって」

上がった呼吸を整える間もなく、暁に向かって頭を下げる。

「いや、ちょうどそこで拾っただけだ」

そこと、土手の下を指差すと慎之介の表情が変わり、蓮を怒鳴りつける。

「遊びに来るって言うから待ってれば、来れないってメールが来て、どこに居るかってメールしたら土手ってどういうことだよ!また、喧嘩かよ!」

走って乱れた呼吸のまま一気に怒鳴りつけると、また肩で一呼吸してから暁の方に向き直る。

「後は俺が送っていきますから、大丈夫です。小鳥遊先輩ありがとうございました」

暁に代わって、蓮の肩を慎之介が支える。

蓮より身長の低い慎之介が支えるのは大変だろうとは思ったが、本人がそういうので暁は笑ってポケットからイヤホンを取り出した。

「じゃあ片岡、後は頼んだぞ。病院行くようなら、コンビニの横の整形外科がいいぞ」

「はい、ありがとうございます。御迷惑お掛けしました」

もう一度、頭を下げるとまた蓮に向かって怒り出した。

「先輩にちゃんとお礼言えよ!」

「って、俺も慎の先輩なんだけどな。って、あきらサンキュー。走ってる途中だったろ」

合掌のポーズをしてみせると、こんな時だけ寺の息子なんだと思わせる。

「じゃぁな。無理すんなよ」

二人のおかしなやり取りする後姿を見送りながら、どっちが年上なのかと小さく笑うとイヤホンをつけ、また土手を走り始めた。




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