start〜片岡慎之助編〜

薫と叶

 

金属同士を螺子で止めたり、基盤を鏝ではんだを接合したり。床に座り込んだ叶の周りには、工具や螺子などの部品が散らばる。

窓から差し込む暖かな日差しを浴びながら、作業は進む。

時折、口ずさまれる歌は子守唄から第九まで様々だ。

「あまり散らかすな」

今まで、一言も言葉を発せずただキーボードを叩き続けていた薫がイラついた表情を全く隠そうもせずに視線だけを冷たく叶に向ける。

「…終わったら。片付ける。掃除もする…」

いつもは騒がしい生徒会室だが、今は薫と叶の二人しか居らず静かな時間が流れてはいるが先ほどから、薫の苛立ちは少しづつ上がっているようだ。

キーボードを叩く音が乱暴になり、スペルミスでBSキーを押す回数も増えている。

もう一度、ほんの少しだけ薫が部屋の隅を見る。

訳の分からない物の製作の為に散らかされた床も、時折口ずさむ歌も総て薫の神経を逆撫でし苛立たせる。

「何を作ってるんだ?」

執務用の椅子の背凭れに寄りかかり、嫌味を込めて言葉を掛ける。

「ん…まだナイショ…もうちょっと待ってて…」

薫に向けてゆっくり笑顔を作って、またコードを接合させたりと作業の続きを始める。

それを見て、薫はため息を一つ零すともう一度キーボードを叩き始めたが、集中が出来ないようで指はあまり動いていない。

「…フクカイチョー。…これ、あげるよ」

デスクの目の前にいつの間にか立っていた叶に声を掛けられて、我に返ったように顔を上げる。

「何だよ、それ?」

「お留守番かけるくんロボ…」

デスクの上に乗せると、リモコンだろうボタンを押す。

『おい、薫。何やってんだ?』

ロボットに内蔵されたスピーカーから翔の声が再生された。

「は?どうするんだよこれを?」

金属の部品を組み立てて作ったロボット。頭の部分には翔の顔写真が貼られていた。

「部品一個じゃ動かないけど…これをこうして他のとくっつけたりすると金属でも動くようになるの…。1個じゃダメなの…。ね…?」

叶は目を細めてゆっくりと笑うともう一度リモコンのボタンを押した。

『薫、遊びに行くぞ!』

「…はい。どうぞ…」

リモコンを薫に渡すと慣れた手つきで工具を片付け、床を掃除して生徒会室を出て行った。

「じゃぁね…フクカイチョー。先に帰るね…ばいばい」

薫は広い部屋に一人残されると、デスクにうつ伏せた。

「何がお留守番かけるくんだってんだよ。留守番してんのは俺だよ」

ロボットの頭に張られた翔の写真を睨みつける。

渡されたリモコンをデスクの上に転がすと、ちょうどボタンがぶつかったようで翔の声が流れた。

「『帰るぞ、薫』」

ロボットの声にシンクロするように翔の声がした。

「待ったせたな。もう、迎え呼んだか?」

「遅い、待ちすぎて疲れた。翔が呼べよ」

翔は悪びれる様子もなく、デスクに座ると携帯を取り出して電話をかける。

生徒会室に居る人数は先ほどと変わらないはずが、そこに居る人物が変わるだけでとたんに騒がしくなった。

「で、これなに?また叶のロボ?レーザーとか出んの?」

ロボットをひっくり返したり、腕を動かしたりとしていたがリモコンを見つけるとボタンをやたら押し始めた。

『どーしたんだよ、薫』

『何笑ってんだよ、薫』

「ふーん。で、薫は一人で寂しかったのか」

薫にリモコンを向けて、口角を上げていやらしく笑う。

「知ってるか、翔?人間は自分の記憶の中から物事を想像するんだってよ」

パソコンの電源を落とし、コートを羽織ると今度は翔を一人残して生徒会室を出て行った。

「ちょっと待てよ!誰が、寂しいって?!何が自分の記憶だってんだ!おい!薫!」

翔も手に持っていたリモコンを投げて、薫を追いかけて部屋を出た。

転がったリモコンが床に当たり、ロボットのスピーカーから音が再生された。

『大好きだぜ、薫』

 


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