start〜片岡慎之助編〜



******突然の勧誘者A*******






あの食堂の事件から周りの目は相変わらず痛いが、
慎之助は案外能天気に今日も学園へ向けて登校していた。



「ふぁ〜」


先から何回目かになる慎之助の欠伸に
隣にいた叶は相変わらず何を考えているのかわからない視線を向けている。

その目は周りの視線に対しての心配なのか、大丈夫か?とでもいいたそうだ。
そんな叶に慎之助は苦笑した。



「つうか叶って学生寮だったんだな?」


心配をしてくれる叶には悪いが、心配されると言うのはこそばゆいと
慎之助は気づかないフリをして話題を変えようとする。

それに学校の近くの学生寮から出てきた叶が意外だったのか、ふと出た疑問だった。

その疑問に、叶の眉は顰められるが、直ぐにあきらめたように息をついて話始めた。

のんびりした叶の口調に合わせていると、時間が勿体ないので説明してしまうことにしよう。


この学園は全国から生徒を募集しているため、
近くに学生寮と割安に貸しだすいくつかのアパートがある。

慎之助は電車に乗れば行けない距離でもないために、学校の直ぐ側の駅を利用し電車通学。

その駅から学校へと歩いて行く途中に叶にあったのだった。

朝登校時間によくサッカー部へと入部したミツが
自転車で学校前の坂を

 「朝練に遅刻する!」 と

必死に上がっている所を時々見るので
ミツは自宅からの自転車通いで間違いないだろう。

通学方法が違う3人は朝一緒に行くと言う事はなかったが
学校に行けば会えるのだから、と慎之助は特に気にしては居なかった。


叶がポケットに手を突っ込んだままダラダラと歩いているのを見て歩調を合わせながら歩いていたが
不意に校門前がガヤガヤとしているのに気づく。

だからと言って特に急いだりはしないのだけれど・・・。










***************








校門の上に一人の少女が立っている。

そんな高い所にあんなに短いスカートで上がって大丈夫なんだろうか?

そう思うも、その少女の下には男子生徒が守るかのごとく立っていて
少女も気にすることなくなにやらキビキビと動いていた。

短いプリーツスカートから白い足が覗き、目を引き付ける。

ガーターにつながる赤いニーハイを白いブーツが引き立てていた。



「はい!そこの可愛い子!そのピアス没収!そっちの赤髪のちょっとかっこいい子髪色校則違反でしょ!」



腕には風紀委員の腕章

くるくるとウエーブのかかった髪を一まとめにし、
長い睫を惜しみなくマスカラで上げてあるだろうその少女は
それこそ校則違反なんじゃないか?
と思うほど、綺麗に整った顔を引き立てるように化粧をしていた。

そのつややかな唇からは止まることなく、他の生徒に向けての注意が飛び出す。



「そこの小さい子!アクセサリー付けすぎ!
あ!そこの黒髪の君!その鎖とベルトは校則違反よ!・・ってちょっと!聞きなさい!
こらぁ!!1年A組片岡慎之助!!」



あまりの大声での注意に自分は関係ないと決め込んで素通りししようとしていた慎之助の肩はビクリと跳ね上がった。


「君よ!君!何無視しちゃってるの!」


名前をフルネームで呼ばれても
いまだに自分の事だとは思えなかったが
行く手を遮るように体格のいい男子生徒に囲まれた上に
少女に指をビッシリと差して言われたのでは否定しようもなく
直感で関わると、ろくなことはないと思ったのだがその場に立ち止まることとなった。



「・・・なんですか?」


「何ですかですって?このノエルちゃんの声届かなかったの?
君、校則違反のベルトと鎖つけてるじゃない!風紀委員長としてそんなの許さないんだから!」



腰に手を当てて、いかにも怒ってますと言いたげに.、前かがみになって睨んでくるそのノエルと言った少女。

その少女の綺麗な顔に見とれそうになるも、
それより、その短いスカートで前かがみはまずいだろ・・と思ってしまうのは男の性だろうか。

その証拠にノエルの背後に居る男性人の視線は
上方向に向いていて何処からか聞こえる声に


「・・黒」


と言う言葉が混ざっていたのを聞き逃せなかった慎之助は顔を瞬時に赤くした。


「・・・・」

「ん?あれ?怒りすぎちゃった〜?ちょっと?男の子が簡単に泣いちゃ駄目だよ?」


急に俯く慎之助に泣かしたのではないかと心配になった少女は困ったように言うと塀からヒョイっと飛び降りる。

そこでまた、ギャラリーの男から感嘆の声が聞こえたのを聞いて
心底逃げてしまいたかった。

















***************














あれから風紀委員室という所につれて来られた慎之助は、ただ今絶賛爆笑され中である


「あはは、ははは、ちょっ・・ヤダぁ苦しい!」


塀から飛び降りたノエルが目の前に来たかと思えば、
回りに居た男達まで慎之助に近づいてきた。

異様な雰囲気の中、少女は相変わらず心配そうに綺麗な顔を向けてくるが
周りの男たちから出ているのは、あからさまに殺意だと言う事が見て取れる。

もう赤くなればいいのか、青くなればいいのかわからなかったが


「大丈夫?」


っと目の前のノエルに首を傾げられればノックアウトで、
ボっと噴出すように赤くなった顔を周りの男たちに見られ
気がつけば両手を持たれて引っ張ってこられたのがこの部屋、というわけだ。

ちなみに連衡される慎之助に向かって手を振って爽やかに見送った叶を教室に帰ったら先ず殴ろうと慎之助は心に決めていた。



「・・あの・・笑い過ぎじゃないですか?」


それから取り調べという名のおしゃべりタイムの中
目の前の少女は赤くなった理由を聞いてからずっと爆笑している。


(こっちは理由を言うのも恥ずかしかったって言うのに・・。)


普通可愛い女の子の下着の色を呟かれれば、嫌でも思春期の男子だ。
在らぬ方向に思考が行くのもわかって欲しい。

しかもそれを本人に向かって説明させられたんだ・・・、
慎之助は誰かに同情を要求したいとさえ思い俯いていた。



「は〜面白い、うわさの片岡君なだけあるよ。もうこんなに笑ったの久しぶり」


突っ込んだら負けと誰かが言っていた気がする。

TVだったか友達の言葉だったか慎之介は忘れてしまったが、
この学校に来てから何度がその言葉が、頭に浮かんでいた。

本当は今だって、色々突っ込みたいし、色々聞きたいことはある。

たとえば、うわさってなんだ?・・・とか
あの男達がミツが話していた親衛隊か?・・・とか

だが、そんな些細な質問でさえ、今は口に出す気分にはなれずにいた。
そして俯いていた慎之介にノエルは続ける


「あ、そうそう。みんなにはもう手出ししないようにお願いしといたからね?」

「みんな・・ですか?」


「そう、親衛隊のみんなだよ。乱暴されなかった?ごめんね?まったくノエルの親衛隊さん過保護なんだもん!
ノエルっとこも要(かなめ)の所見たいに放任主義がよかったな〜・・なんて我儘かなぁ?」



あぁ、やっぱりアレが親衛隊か・・なんて思いながらもチラリと相手の顔をうかがえば
ぷすっと頬を膨らまして言う様が、本当に可愛らしい。

余程笑っていたのか潤んだ目をそのままに拗ねたようにするその仕草を、
直視出来ずに再度俯こうとすれば部屋の扉がガチャリと開いた。

そして聞こえてくるのはお気楽なよく知ってる声






「ノエルせんぱ〜い!風紀検査で引っかかった生徒の手帳取り上げてきましたぁ!」



声がした方向へ視線をやれば
そこにはダンボールを抱えたミツと、同じくダンボールと肩に担ぎ上げた短髪の男が居た。



「お疲れさま〜☆そっち運んどいて?」

「へ〜い」


ミツは慎之介ににっこりと笑みだけ残し、直ぐにノエルの指示でそのダンボール箱を隣の部屋へと運んでいく。

本当は置いていかれたくなかったが一緒に入ってきた
そのオレンジ頭に親衛隊の恐怖を思い出し体を強張らせて居たため引き止めることは出来なかった。

しかし警戒していた男がダンボールをおいて慎之助を見るなり
ニッと笑ってきたことに拍子抜けしてしまう。


「お?噂の片岡じゃんか。聖夜(セイヤ)あんまり苛めてトラウマ作るなよ?お前ただでさえキャラ濃いんだからな。」

「ひっどーい!暁(あきら)ったら。いっつもノエたんが悪いみたいに言うんだから!っていうかセイヤって呼ばないで!」

しかも親衛隊付きのこの少女と親しげに話している・・。



「セイヤ・・・?」



慎之介の髪をわしゃわしゃと撫で、聖夜と呼びながらノエルを見るそのオレンジ頭を見上げると
オレンジ頭は呆れたように苦笑し、逆に待ってましたとばかりにノエルの顔が輝く。

そしてピョンっと机に乗り上げると、白い足を惜しげもなく慎之助の前にさらして
足を組み替えた。



「そういえば自己紹介がまだだったよね?ノエルの名前は雲母聖夜(きらら ノエル)って言うの。3年で風紀委員長やってま〜す☆
ちなみに好きなタイプは押しが強くて可愛くて生意気そうであとあと、カッコイイ人も好きなの♪ 」



だからよろしくね?っと間近でウインクつきの挨拶を受けてギョっとする慎之助を見て
オレンジ頭が溜息をつく



「聖夜(セイヤ)・・お前また一番大事なところ省きやがったな・・・。お前オト」
「あ〜言ったら絶交!!」
「・・・、・・・ったく。あ、ちなみに俺は・・」

「小鳥遊 暁(たかなしあきら)・・・」



自己紹介をしようとしてくれた相手に向かって無意識に声が出ていたらしい。
見下ろすように見てきた暁がきょとりとしてから 、ナハハっと笑って頭をかく


「なんだ知ってたのか?」

「はい、部活紹介で・・・。」


顔に落書きされてた不幸な人ですよね?なんて口が裂けても言えないが
相手は困ったように笑うと自己紹介を続けた。


「まぁ、なら話が早いな。3年で書記兼運動部の統括もやってる。
何か困ったことがあったら直ぐ言うんだぞ? 」


「・・・?」


首を傾け浮かんだ疑問に相手を見ると再度髪を撫でられた。


「あ〜運動して体力付けておいたほうがいいな。
武道を習いたいなら、いつでもいい師匠を紹介してやるからな。
なんなら今日から始めてもいい。俺も少しわかるから簡単になら今教えてやるしな。」

「・・・・・」



わしゃわしゃと撫でられる感触は嫌ではないし、
普段はお節介だと邪険にするような言葉でも、暁から言われるその言葉には自然と慎之介も素直に頷ける。

まぁ暁の言っている言葉の意味はわからないが
慎之介はとりあえずでも、素直に頷いていた自分に驚いた。

というか何をこの人は熱くなっているんだろうか?


「いいか、片岡。この学園に居る奴が全てまともだと思うなよ?」

「・・・まとも・・ですか?」

「そう、お前みたいな注目を集める生徒はなおの事注意しないとな・・。注目は悪いことではないが、
人の目に触れやすい。いい奴の目にも、悪い奴の目にもだ。」



だから気を抜くなよ?っと念を押す暁に、なぜそんなに・・っと戸惑って居ると
ニヤニヤとしながら聞いていたノエルがいい玩具を見つけたとばかりに
可笑しそうに付け足す


 
「その悪い奴ってちーちゃんのこと?」

「・・・っつ!?」

「?」

 

ちーちゃんという単語が出ると、それまで慎之介に対していい先輩をしていた暁の体が面白いくらいビクリと震えた。
その様子に自分の唇に指先を当ててクスクスと笑うノエル



「あ、あの・・・小鳥遊先輩?」

「アッキー(暁)の二の舞にしたくないの?それとも慎ちゃんに自分を重ねちゃってる?」

「・・・・」

「でもアッキー案外嫌じゃないんでしょ?昔っから慕って来る人は邪険にできないもんね〜?」



何も言わなくなった暁を心配に思い様子を伺おうとすると、
ここぞとばかりにノエルのすっと伸びた手が、暁の制服の襟に引っかかるように掛けられる。
相変わらず黙りこんだままの暁の襟をそっと下ろすのと同時にノエルの腕が暁の首に回された。

恋人同士のラブシーンでも見てしまったかのように、居たたまれない気持ちになり二人から目をそらすも、
それがまた楽しかったのかノエルの口元がうっすら上がったのを暁と慎之介は知らない。
















****************




「ん〜・・・鳥先輩はさ、あ、小鳥遊先輩のことなんだけど。」


ミツがその場を収めて風紀委員室から出してくれた時にはもう2時間目が始まろうとしていた。
生徒会メンツは生徒会の仕事をしている時間は授業免除なのだそうだ。

授業中で静かな廊下をミツと2人で歩く。


「鳥先輩はずっと皆神千迅(なみかみ ちはや)先輩のお世話係なんだよ。それこそ中1の頃からって噂。」

「お世話?」

「あ〜お世話つうか、おせっかい焼いてるっていうか・・・。ほら皆神先輩ってちょっと変わってるじゃん?」

「・・まぁ」

「それで誰も近づこうとしなかったらしいんだけど、
中学1年の頃、鳥先輩が神聖なグランドに落書きされたって怒鳴りこんだらしいんだ。
そんな鳥先輩に皆神先輩は一言。『面白いね?キミ。』って。
それから何かと中学校舎にも、皆神先輩が出没したらしいし、その翌年からは放浪も今まで見たいに長期じゃなくなったって噂。」

「・・ふ〜ん・・」


皆神千迅(なみかみ ちはや)

この学園に入って1ヶ月だがその人物の名前なら耳にしていた。学園始まって以来の変人。
たしか放浪癖のある自称芸術家でふらっと旅に出ては戻ってきて授業に何気ない顔で出ているらしい。

どこかで今年で21年だとか聞いた。
顔を見たのは部活紹介の舞台上に居た時だけだろうか?
茶色に近いオレンジの頭に、眼鏡。
白衣のような長いジャケットには絵の具が所々についていた。
なぜ成人してまで学校に居るのかと、周りに聞いてみても、誰もその答えを知りはしなかったのだ。


「なんとなくはわかったけど、結局はどんな奴なんだ?作品ならよく見かけるけど・・・」


そう、千迅と言う人物が変人と言われる由縁でもある、
その奇妙な作品は場所を選ばないらしい。
この前は校長室の前の壁に描いてあったし、その前の前はグランドがアクリル塗れになっていた。



「ん〜どんな人って言われると難しいけど、鳥先輩は気に入られたばっかりに遊ばれてるって話だよ?」

「・・遊ばれてるって・・その言い方どうにかならないのか・・・。」



入学当時の自分よりも酷い扱いの言われようをされる人物を哀れに思う。



「普通は逃げるか、反発するんだけど。鳥先輩おせっかいで・・ほら変に真面目だから・・」

「文句言いながらも世話焼いちゃうって奴か?」

「っそ」



不器用な人だな・・



「しかも、千迅先輩に面向かって文句言うの鳥先輩だけだから皆も鳥先輩任せなの。」

「・・そうか」



不憫としか言いようがない。
だが、短時間しか接していない暁という人物がそういう、人を見捨てられない人物だというのは
雰囲気からも伝わってきていたので苦笑するしかなかった。

そういう人間は嫌いじゃない。

いや、逆に惹かれてしまうかも知れない・・・。

あの人がそうだったから・・・。

家の厳しさに泣いている時、何時間だろうと側に居てくれた。

理解しようと一生懸命でいてくれた・・・。

慎之介は少し昔を思い出して胸があったかくなるのを感じたのだった・・・。










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