AM10:45 生徒会室

 

休日に早くから聖夜に起されて、学校に来てみれば皆神さんに襲われかけて、今度は会長の雑用かよ。

まったく、なんだってんだ。厄日か?嫌味の一つや二つ言わせてもらいたい気分だ。

「遅い!呼び出されたら、直ぐに来い!」

生徒会室のドアを開けた真正面に松本が仁王立ちしていた。

「ああ、すまん。色々あってな。で、翔の奴はどうした?」

とりあえず、会長の特権と趣味で誂えただろう、ソファに座り込む。

流石に、疲れた。

「翔の仕事より、こっちが先だ!昨日提出された決裁書、このまま通すわけにはいかないぞ。
なんだ、この金額は!書き直せ!」

体力的というか、心身疲労でぐったりと座り込んだ俺の前に突き出されたのは、
俺が提出した決裁書。この間、皆神さんが渡り廊下の窓で作品を制作したので、
20数枚分のガラスが総とっかえだ。
業者との見積書と決裁書を提出したが、予算オーバーだったのか。

「あー…。一応、作品が描かれたガラスはどこぞのコレクター様が買い取ってくれるらしいから、予算が足らない分はそれで埋め合わせする予定なんだけど」

「だったら、その内容を一筆添えろ!これじゃ、俺の判は押さないぞ。週明けの予算会議に提出するから、今から急いで必要書類を上げろ。いいな!じゃぁ、俺は用事があるから」

ローテーブルに書類とペンを叩き付けると、そのままどこかへ行ってしまった。

一人残され、思わず頭を抱えた。書類か…。書記をやってる割には文章を纏めたりするの苦手なんだよな。でも、やるしかないか。当の本人にやれと言っても、その書類にさえ何か違うもの描きそうだし。

執務用のパソコンの電源を入れた。そう、いつものようにボタンを押したはずなのに。

起動画面がおかしい。どうしたんだとモニターを見ると、真っ白になり右から左へメッセージが流れた。

『手書きで書類を作成し、講堂へ来い!会長様より』

コレなんだよ。新手の嫌がらせか。いや、確実に嫌がらせだ。

パソコンはあまり得意でない、仕方が無いからこのまま放置だ。

どうせ、薫が組んだウイルスかなんかだろう。

更なる、胃痛の種を抱えて机に向かってペンを走らせた。

講堂へ来いと言うからには、行かなければいけないだろう。

ため息を吐き続けながら、書類を書き終え松本の執務デスクの上に置いた。

さて、講堂へ向かうか。

『ごん』

ドアに手を掛け少し引いた時、自分の頭でかなり鈍い音がした。

思わず頭を抱え、その場に座り込んで音がした原因を探すと足元に黒板消しが転がっていた。

なんて、オーソドックスなトラップだ。

いまどき小学生でも仕掛けないぞ。って、俺が入って来た時にはこんなの無かったから、松本が出て行くときに仕掛けたのか。

それにしても、身長があまり高くない松本がどうやって仕掛けたんだ。

黒板消しがぶつかった場所をさすりながら、横へ視線を移すと壁に立てかけられた脚立が目に入った。

「あいつ…こんなものまで準備して、黒板消し仕掛けるとは」

松本から嫌がらせを受ける覚えは無い。兎に角後で事情を聞くか。

今日、何度目か分からないため息をつきながら立ち上がった。

この後、自分に起こる悲惨な出来事を予測できずにだ。

生徒会室を出て、廊下を歩き出したとたんに鼻先ぎりぎりを掠めて何かが壁に刺さった。

身動きできずに、視線だけ壁に向けると先は吸盤状になってはいるものの、ボウガンのボウが張り付いていた。

「っつ…!」

世の中には悪戯で済まされる事と済まされない事があるぞ。

講堂へ行くには、ここを通らなきゃいけない。

一気に走り抜けるべきか、慎重に進むべきか。

ゆっくり考えてはいられない。

引退したとは言え、野球部。足には自信がある。ここは一気にいくべし!

走り始めたとたん、足に何かが引っかかった気がした。

今度は後頭部をかすめてボウが刺さる。次は、肩、足。

って、いったいどれだけあるんだ!階段まで一気に走りぬけると後ろを振り返る。

壁から、窓、床にまで数十本のボウが張り付いてた。死ぬことは無いが、当たったら痛いだろうな。

呼吸を整えながら、階段を下りる。まだ、気を抜いてはいけないような気がしてきた。

ふと、階下の踊り場に目をやると白いはずの床がなんだかカラフルだ。

蛍光色の何かがたくさん敷き詰められてる。って、スーパーボールか!

踊り場いっぱいにスーパーボールって、いったい幾つあるんだよ。

今度は、慎重にボールの中を進むと不意に床が滑ってボールの中に前のめりにダイブ。

「ってぇ…いったい何なんだよ!」

ボールのせいで受身がとれなくて身体中がイテェ。

独り言も、だんだん声がでかくなる。ムカつきながらもボールをかき分けると、幼稚園児ぐらいの時に遊んだスライムみたいな液体が撒き散らされてる。

誰が仕掛けたかは予想がつくような、つかないような。

だけど、ここまでされれば十分に分かる。確実にターゲットは俺だろう。

どうにか、1階に降りれたから屋外から回り込んだほうがこんなトラップもないだろうと玄関へ向かおうとすれば、一面にバリケードが組まれていた。

御丁寧に、有刺鉄線と立ち入り禁止のテープ付だ。

テラス側にも同じバリが張られて、ここからは外には出れない。

となると、2階に上がってそこから講堂を目指すしかないのか。

冬にも関わらず、汗が出てきた。

何かが動いたような気がして、目線をやると

「津田!お前、そこで何してる!!!」

あからさまに、何か仕掛けを作るかのように配線を引っ張りながら津田が座っているのを見つけた。

「あー、見つかっちゃった?アキちゃん先輩、ごめんね」

津田を追おうと走り出した瞬間、目の前を真っ白な煙に塞がれて前が全く見えなくなった。

火事か!?いや、煙じゃない。

「つめてぇ…俺は、芸人か!」

バラエティ番組とかで噴射するミスト化されたドライアイスだ。

髪についた、氷を払いのけて津田を探したがすでにどこにも見当たらない。

普段は、のんびりとしか動かない奴なのになんでだ。

足元に注意しながら進みはじめると、真横からまたドライアイス攻撃だ。

何も引っかからなかったのに、何でだ。何で感知してるんだよ!

分からないままに、走る。

ドライアイスを何回か浴びたが、そのまま2階へ向けて階段を上る。

これ以上、トラップに引っかかってたまるか。

階段も一気に駆け上がろうとしたとき、上から音が聞こえた。

軽めの音から、かなり鈍い音まで色々だ。

コンッと音が聞こえたかと思ったら、ピンポン球が数個階段の上から転がってきた。

さっきのスーパーボールよりマシだ。

跨ぐようにピンポン球を避けたけど。

「だー!!!!」

もう、叫ぶしかないだろう。

ボールだ。ピンポン球だけだと思ったのが甘かった。

サッカーボール、バレー、バスケ、野球からバランスボールかあれは?

パチンコ球から止めはボーリングのボールが次から次へと転がってきやがった!

どうにか、手摺に上ってボールをやり過ごす。

ボーリングはダメだろ。ボーリングは。

それにしても、校内でインディー・ジョーンズ体験できるとは思ってもいなかった。




AM11:00 講堂前

 

やっとのことで講堂までやってきた。

このトラップを仕掛けた張本人もここに居るだろう。

翔もここに居るだろうな。いや、居る。必ず居る。

こんな手の込んだ事をやるのはあいつしかいないだろうしな。

コレが今日最後のため息に為る事を祈りながら、大きなため息をついた。

ああ、確かにため息は最後になるかもしれない。

開けようとしたドアの横に、獣が居る。

たしか、双子ん所のペットだ。

っていうか、ペットだなんて可愛いものじゃないだろ黒豹ってのは!

ワシントン条約とかどうなってんだよ!

最後の最後で絶命の危機かよ!

でも、ラッキーなのはまだこっちに気がついてないってことだろう。

兎に角、一番近いドアからから中に入れば逃げれるだろう。

ゆっくりと、音を立てずに歩く。今まで乱れてた呼吸も止めるぐらいに。

出来るだけ狭くゆっくり、でも慎重にドアを開けて中に滑り込んだ。

ああ、よかった。これで助かった。

って、あれ?昼間の筈が講堂内が真っ暗だ。どうなってんだよ。

「おい!翔、居るんだろ!」

真っ暗の中、手探りで前に進もうとした時四方からライトが当てられた。

「眩しいっつ!何だよ!」

ここまできても、まだなんかあるのかよ!

「…ハイ!」

翔の声がしたと思ったら、音楽が聞こえてきた。

講堂内に照明が戻って、眩しくて目を擦る。

ステージの上には、生徒会役員勢ぞろい。さっき玄関で捕まえ損ねた津田も居やがる。

オケボックスには恐らくフルオーケストラ。

その、オーケストラが演奏するのはクラッシックでもなんでもなければバースデーソングだ。

『ハッピーバースデー!アキラ!』

な…どういうこった。

あんまりな急展開で頭が付いて行きませんよ。

「アッキー!早く来てよ!溶けちゃうよぉ!」

聖夜の声で我に返って、言われるままにステージに上がる。

「トリさん早く!ロウソク消してくださいよ!」

俵屋に急かされて、かなりの大きさのケーキに立てられたロウソクの火を吹き消した。

「さっきは悪かったな。」

松本に謝られて、黒板消しの事は忘れた。

「やっと、同い年かよ。」

大見にからかわれて笑った。

「何してんだか、俺も分からないままなんですが。おめでとうございます」

片岡に謝られながらも、祝ってもらった。

18歳か〜若いって良いよね〜お肌つるつるだよ〜」

皆神さんに顔を撫でられた。

「怪我してない…?コレあげるからごめんなさい。」

津田からチューブのチョコレートを貰ったが、丁寧に断った。

「よくアレだけのトラップ短時間で越えられましたね。まぁ、制服が汚れてますけど」

トラップは薫の仕業か。

「おっつかれさん!楽しかったか?!まぁ、翔様からのバレンタインと誕生日プレゼントだぜ!心して、受け取れよ!暁!」

やっぱりというか、確実に主犯格は翔か。

翔がステージ中央にに置いてある箱のリボンを解くと、箱が展開して開いた中から現れたのは……。

「なんだぁぁぁぁ!!!これは!!!」

ガラス製の台に置かれていたのは、ほぼ等身大サイズの俺のチョコレートで出来た像だった。それも、ミケランジェロ作ダビデ像か!!裸だぞ、裸!

「ははは!気に入ったか!教室から更衣室、部室にいたるまで小型カメラを設置し、そこから集めたデータを基に3D映像を起し、吉良の専属ショコラティエに彫らせたかなりの傑作だ。ありがたく受け取れ!」

「って、お前、それ盗撮だ!犯罪だろ!」

翔の襟首を掴んで、頭を揺さぶってやる。このやろう!プライバシーの侵害だ!

「先週貸した小型カメラって、それに使ったのか。ちゃんと返せよ、翔」

なんていう、兄弟間の会話だよ!

「わぁ〜これは素晴らしい造作だねぇ〜」

「うわぁぁ!皆神さん!近づくなぁぁ!」

今度はチョコレート像を守るように立ちふさがる。像とは言え、自分と同じ顔してる物に対して何かされれば気分が悪い。

「中々良い筋肉のバランスだね〜うん。」

「って、どこ触ろうとしてんだ!!!」

今、絶対に下半身触ろうとしてたぞ、この人。

「ああ〜ごめんごめん。コレ。プレゼントだよ〜あきらくん」

渡されたのは、かなり大きめの金の立派な額縁に入った油画だ。

「あ、ありがとうございます」

この人の作品は高額な値段がつくことがある。俺なんかが受け取って良いのかとも思いながらも額縁を裏返して絵を見た。

「って、コレも裸かよ!」

ルネッサンス期の絵画のように裸体に少しの布しか着てませんけど。

「あ〜人物の美しさを表現するのはやっぱり筋肉っていうのかな?筋だよね。うん」

一人で納得しないで下さい。

「俺からはこれ…。アキちゃん先輩ロボ」

津田が差し出してくれたのは、30センチくらいの手作りロボット。

どうやら、コントローラで動くらしく津田が操縦し始めた。

「凄いな…!津田が作ったんだろ!」

感激していたのもつかの間。

「うん。ロケットパンチも打てるよ」

と、リモコンのボタンを押すとロボットの腕部分が飛んだかと思ったら勢いよく講堂の壁にめり込んだ。

「な…。なんだこれ?」

ふつう、放物線描いて落下するんじゃないのか?

「あ…まだ威力が弱いかな…」

「いや、十分だ!っていうか、凄すぎる」

「津田ァ!お前まで壁壊すんじゃねぇよ!これ以上の修繕費はどこから捻出するんだよ!」

壁を見て激怒したのは松本だ。

俺のせいじゃないぞ、これは。

「ねぇ、トリさん。早くケーキ食べましょうよ!ノエさんがトリさんの為に作ったんスよ!あ、俺も手伝った!」

聖夜と双子ん所の執事がケーキを切り分け始めてた。

「ノエル頑張って作ったよ。アッキーお誕生日おめでとう」

綺麗にカットされてデコレーションされたケーキの乗った皿を聖夜に渡され、両手で受け取った。

「ありがとう。聖夜」

かなりの嫌がらせという足止めトラップには引っかかって散々な目にはあったけど、それ以上に皆にこうして誕生日を祝ってもらえて嬉しかった。

「ありがとう。みんな」

嬉しくて、皆を見渡してうっかり、涙なんて出そうになった。

だから、後頭部に翔の手が掛かった事も、目の前のケーキにがあった事も気がつかなかったくらいだ。

感謝の言葉を言うのが少し早すぎた。

「翔!酷い!アッキーになんてことすんの!」

聖夜が作ってくれたケーキの中に顔面埋めたまま動けなかった。

もう、俺疲れたよ。

で、このサプライズパーティーの片付けと掃除はだれがやるのかな?

俺はぜってぇにやらねえぞ!

顔面を生クリームだらけにして、講堂に響く声で叫んだ。

 



坂野

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