AM1030 正面玄関テラス

 

「じゃぁ、アッキー!ノエルは先に用事があるから調理室行ってくるね!」

学校に到着するや、聖夜は大きな荷物を抱えたまま慌てて走り去ってしまった。

さて、俺はどうするかだ。

集合は昼までに生徒会室のはずだが、携帯で時間を見ればまだ1030分を少し回ったところだ。こんなに早くに到着するのは、会長の悪ふざけに積極的に乗ったようで嫌な気分がする。

「少し、時間つぶすか」

どこへ行こうかと考えながら当ても無く、テラスを抜け歩き出した。

時間を潰すなら、図書室か視聴覚室か。

「あれ?あきらくんもう来てたんだ。ちょうど良かった、ちょっと来てくれないかな?」

名前を呼ばれ振り返ろうとしたが、真後ろに人の気配がして慌てて声を上げた。

「ぎゃ!皆神さん!人の真後ろに立たないで下さい!ついでに、息吹きかけんな!」

種々雑多な人物が揃う生徒会の中でも、一人確実に異彩を放つ人物が居る。

掴み所というか、掴みようの無い性格。この人の頭の中ってどうなってるのか、誰か俺に解説して欲しい。

「嫌だなぁ。ちょっとしたあいさつじゃない。でさ、ちょっとこっち来て」

半強制的に腕を引かれ連れてこられた部屋は、俺にはまったく縁の無い美術系の特別教室だった。よくは分からないが、絵の具なのかいつもこの目の前の皆神千迅からする匂いと同じ匂いのする部屋だ。

「どうしたんですか?もしかして、また作品とか言って落書きでもしたんですか?」

外壁ならペンキで消せるが、内装だと業者を呼んで壁紙ごと変えるしかないからな。今年度はこの人のおかげで、修繕費が嵩みすぎて会計の松本からクレームが来ている。

「いやだなぁ、あきらくん。今は大きな作品は描いてないよ。今日は別のキャンバスに描きたいんだよね。」

そういうと、机においてあったバックの中から何かを取り出してそれはもう綺麗な顔で笑った。

生徒会役員が笑うという表情をする時、何か良くないことが起きる。

一般生徒がよく影で噂するのを聞いているが、一番身をもって体験していると思う。

「何するんですか?」

怖いよ、あんたの笑顔。女の子達はうっかり騙されるような綺麗な顔なんだろうけど、はっきり行って怖い。

「今日はねバレンタインでしょ。絵の具じゃなくて、チョコでこう…なんていうの?表現を表そうと思ってね…。協力してくれないかな?あきらくん?」

バッグから取り出したのは、よく食パンに塗って食べるチューブ状のチョコレートだ。

「それをどうするんですか?」

すでに、とてつもない恐怖感で数歩後ずさった。

「うん?そうだねぇ…あきらくんに脱いでもらってチョコでボディアートってのはどうかな?良いと思うんだよね。って、訳で僕の作品の為に脱いで!」

やっぱりなんかあったー!

笑顔でチューブチョコを持って少しづつ距離を縮めてくる。

「やめろっつ!そんなことして何が楽しいんだ!!!」

背中を向けたら確実にやられる。そう思って、後ずさりで下がるが机にぶつかりこれ以上は後ろに下がることが出来なくなった。

もう、だめなのか俺!

「皆神さん!落ち着け!それ以上近寄るなぁぁぁぁ!」

「良いじゃない、減るものじゃないし。あ、食べ物は粗末にしちゃいけないから後で僕が舐め取ってあげるから心配しないで」

そんなところ心配してねぇ!

手が首に掛かって、マフラーを引き抜かれた。去年のクリスマスに聖夜から貰ったものだ。

「そんなに怖がることないでしょ。大丈夫だって」

いや、怖いだろ。恐怖だろ。この状況は。

襟の金具を外されたが、蛇に睨まれた蛙。皆神千迅に微笑まれた小鳥遊暁。まったく動けない。

「あっれー、マジで居たよ!トリさん〜ノエさんが探して来いって〜…。すんませんお邪魔しました」

恐怖の空間を一瞬にして打ち破ってくれた救世主ともいえる人物は、この状況を見てそのままドアを閉めようとしやがった。

「待て!俵屋!助けろ!」

後輩だろうと、友人の弟だろうとこの危機的空間から助け出してもらえるならばなんでも良い。

「え〜。みつくん〜どうしたの?」

俵屋に気が向いている間に、距離を十分にとって逃げて、襟を直す。

「ノエさんの手伝いしてたら、急にトリさんの様子見てきてって言われて。たぶん、絵画室だろうからって言われてきたんスけど…。何してたんですか?」

この状況を俺に聞くな!

「うーん。まぁ、みつくんでも良いかな?みつくん、脱いでくれないかな?先輩のお願いだよ」

野生的な勘ってやつだろう。俵屋もすでに数歩後ろに下がってた。

「遠慮します。マジで。トリさんに譲ります」

「いや!ちょっと待て!俵屋!!」

「そうだね〜。みつくんもそう言ってるし。やっぱりあきらくんにしよう」

恐怖再び。

「って!俵屋!何してやがる!」

眼前に迫ってくる皆神さんに気を取られていたら、いつの間にかに俵屋が俺の後ろに回っていて羽交い絞めにされた。

「すんません!トリさん!やっぱり俺、自分が可愛いです!」

「お前!今までの恩を忘れたか!離せ!」

醜い争いだと思う。しかし、目の前には皆神さんが迫ってる。

「大人しくしてよ、あきらくん。直ぐ済ませるからさ。」

「誰が、するか!俵屋!マサトに言いつけるぞ!」

「兄貴はカンベン!でも、トリさん!俺の為に諦めて!」

せっかく直した襟に手が掛かって、金具が外された。

楽しそうに、歌を歌いながらボタンがまた一つ外される。

「ん〜楽しいね。あきらくん、みつくんも」

こっちは、まったく楽しくねぇ!

手が自由にならないなら、蹴るしかないか。

でも、机や椅子が並ぶ中で怪我でもさせたら。

いや、わが身が可愛ければ!やるしかない。

「ちーちゃん!!!アッキーに何してるの!ダメ!ダメ!」

救世主も再び。教室のドアが壊れるんじゃないかという音を立てて開くと、ピンクのエプロンとスパチュールを装備した聖夜が俺と皆神さんの間に割って入ってくれた。

「ありゃ、のんたんに見つかっちゃったか。残念」

オーバーリアクションで肩をすくめて上を向く。

釣られて、聖夜も上を向いた時に皆神さんが聖夜の額にキスしやがった。

「ごめんね、あきらくん。あ、これあげるよ。良かったら使って」

そして、嵐は何事も無かったように教室から消えていった。

俺の手元には、チョコレートのチューブだけが残った。

「ちょっと、みっちゃん!アッキーに何してんのよ!」

「すんません。自分可愛さでつい…」

スパチュール振り回して、俵屋に説教タイムだ。

俺はとりあえず、制服をただしマフラーを拾い上げる。

「聖夜、大丈夫だから。皆神さんのいつもの悪戯だから」

情けないかな。小鳥遊暁。

「本当に大丈夫?変な事されてない?」

相当な勢いで走ってきたんだろう、いつも綺麗に巻いてある髪がかなり乱れてる。

思わず、髪を撫でてしまった。

「ああ、聖夜こそ皆神さんにキスされたけど大丈夫か?」

「うん、別に平気だよ。ちーちゃんの挨拶みたいなものだし」

そうなのか…。

「本当に何もされてない?」

もう、これ以上は聞かないでくれ。情けなくなるだけだから。

ちょうどそこで制服のポケットに入れた携帯の着信音が鳴る。

『今どこに居るんだ!生徒会室に早く来い!3秒だ3秒!』

電話の相手は会長様。こっちの身に何が起きてたかも知らないで。

「ああ?分かった、直ぐに行く。聖夜と俵屋も居るがどうすればいい?」

『ノエルとミツは作業を続行。アキラだけ生徒会室へ行って指示に従え』

かなりの大声のせいで外まで会話が聞こえてたようだ。

「だそうだ、作業続けてくれって」

「はーい!もう少しで終わるから。頑張ってくるね!さあ、みっちゃんいくよ」

「お供します!ノエさん」

手を振る聖夜を見送ってから、横に置いてあった椅子に座り込んだ。

散々な目にあったような気がするが。気のせいだろうか?

これで、会長が何を企んでいるかは知らないが碌な事じゃなかったらこの疲労感はどこへぶつければいいのだろうか。

「さて、生徒会室に行くか」

これから何か起こるような予感がするせいで重くなった腰をどうにか上げて、生徒会室に向かって歩き始めた。



坂野

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