AM10:00 龍華寺本堂横

 

「おはよーございます。蓮居ます?」

門を潜って、回廊を抜けて本堂横の事務所も兼ねている建物の玄関を開ける。

「おお、慎之介君か。寒いだろうから、上がってまってな。今起してくるから」

ちょうど出迎えてくれたのは、蓮の父親。この寺の住職。

住職と言っても、この人絶対に僧侶の自覚とか無いと思う。五戒は破るためにあるとか日々言ってるし。

「すいません。お邪魔します」

勝手知ったるで、檀家さんの待合室に入って座ると、顔見知りの修行僧さんがお茶を持ってきてくれた。

「はい、どうぞ。今、住職が蓮さん起こしに行きましたから。」

「ありがとうございます。今日は何を持って行ったんですか?」

寒い中歩いてきたから、熱いお茶がおいしい。

「今日は本堂の銅鑼持って行きましたよ。昨日帰りが遅かったみたいですから、その位じゃないと起きないんじゃないですかね?」

寝起きが悪い蓮を起すのは至難の業だ。昔から、叩いても抓っても起きやしない。

そこで、住職の鳴り物攻撃が始まったんだけど。本堂から、木魚やらリンやら銅鑼を持ち出して耳元で鳴らされれば幾らなんでも目が覚める。

「それなら、起きますよね」

修行僧さんと笑っていたら、ちょうど事務所の奥の方からけたたましく銅鑼の音が聞こえた。

「今、起したから。もうちょっと待っててくれ。おじさんもう出掛けるけど。」

袈裟の裾を綺麗に翻して、ヘルメットを持つと本堂の目の前でバイクのエンジンを大きく空ぶかししてから走っていってしまった。

他には居ないと思うね。大型バイクで法事に出掛ける住職って。

これで、檀家さんからクレームの一つも来ないってのがこの寺の凄い所だと思う。

「あんのクソ親父!どこ行きやがった!!!」

木造の廊下を走る音が聞こえてきたと思ったら、障子が勢いよく開けられた。

「もう、法事へ行ったよ。バイクで」

「はぁ?!バイクは今日俺が使うから置いてけって言っといたのに!あのクソ親父!朝から耳元で銅鑼鳴らしやがって!」

寝起きでここまでテンション上げられるなら、朝も起きれそうなのに。

「おはよう。蓮」

「なんだよ、朝っぱらから。」

「会長からメールで呼び出し。俺には追伸で連を必ず連れて来いって。」

コートのポケットから携帯を出して、メールの頁を見せた。

「あ?翔がまたなんか企んでるのか?それにしても、休みの日に呼び出すなよ」

携帯の画面を見て、納得したように頷くと伸びをして、寝癖の髪を直すように撫でる。

「企んでる以外のなんでもないだろ。どうする?行く?止める?」

はっきり行って、面倒だとは思ってる。舞台の稽古もあるし、今日はゆっくり休みたいんだけど。会長の事を考えると、いかなかった場合何されるか分かったものじゃないのが怖いんだ。手の込んだ嫌がらせされるのは御免だ。

「ああ、行くよ。起きちまったし、暇だからな。翔からの呼び出しなら何か面白いだろ」

ニヤニヤとちょっと不気味な顔で笑う。

こういう蓮を見てると、会長と近い部類に入るんじゃないかと思う。

「分かった。蓮が行くなら行くよ。あと、これあげる」

昨日学校で貰って思い出した。バレンタイン。

今年はなんだか男からあげる逆チョコとかいうのも流行ってるらしくて、それ専用のパッケージのチョコがコンビニに並んでたんだ。

だから、ちょっと買ってみた。

変な意味じゃなくて、いつも世話になってるしとか自分に言い訳しながら、レジにチョコを持って並んできた。

「チョコ?サンキュ。お返しは何が良い?チューしてやろうか?」

「いらねー!それより、早く支度しろよ!それと、門前から、境内から女の子がいっぱい居たぞ。蓮目当てじゃないのか?」

パッケージを開けて、立ったままチョコを齧る。寺の息子の割りに行儀が悪いのは今始まったことじゃない。

「あー…。そりゃ、たぶん親父目当てだ。昨日から、本堂に賽銭じゃなくてチョコが山積みになってるぜ。飲み屋のねーちゃんとかからのが」

オヤジさんのか。チラッと見えたチョコの山は。

「ま、俺は本命1個もらえりゃ十分だからな。着替えてくるから、待ってろ。そしたら。ホワイトデー先取りで、チューしてやるから」

「だからそんなものいらねー!早く着替えて来い!!」

立ち上がって、蓮の背中を思い切り蹴り飛ばして障子を勢いよく閉めた。

何がチューだ!こんなことになるなら、チョコなんか買ってくるんじゃなかった!

温くなったお茶を飲み干して、湯飲みをテーブルに勢いよく置いた。

くそ!このまま帰りたい!


坂野

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