AM800 吉良邸

 

「か・お・る!早く起きろよ!」

ノックも無し。人の領域に無遠慮で侵入してくる。兄弟、それも双子で遠慮も何もあったものじゃないけど。

今日はまだこんな時間だから良い方だ。

コイツの場合はそれが深夜だろうと早朝だろうと、人が眠っていようが、本を読んでいようがお構いなしだ。

「起きてる。で、何の用だ?」

あからさまに、不機嫌な声で返事をしてやった。

30分ほど前に起床して、部屋着に着替え、空調を少し高めにして昨日の続きの本を読もうと、ソファーに座ったばかりだった。

「何だ、起きてたのか。たまには俺が起してやろうかと思ってたのに」

「朝からうるさい。で、用件は?下らなかったら殴るよ」

いつもなら、休日にこんな早く起きることなんてないのに。今日は雪が降るのか。

「ハッピーバレンタイン!ほら、翔様から薫ちゃんへ愛のこもったチョコレートだ!」

そう言って、振りかざしたのはA3サイズの紙袋。

座ったままの膝の上に乗せられたので、中を覗くとビニールやら小さい紙袋やら雑多に放り込まれていた。

「何だよ、これ。新手の悪戯か?」

当の翔は向かい側のソファーへ座り込んで、少々下品な笑顔を作っている。

「いいから、開けてみろよ」

渋々と紙袋から白いビニール袋を取り出して中を開けた。

「饅頭…?」

「そう。食べてみろって!」

なんで、朝から饅頭だなんて甘いもの食べなきゃならないんだ。

「早く!まだまだあるんだからな」

袋から出した饅頭を俺の手から奪うと、包装紙を剥がして口の中に突っ込まれそうになったので、大人しく自分で小さく一口食べて紅茶で流し込んだ。

本を読みながらゆっくり飲もうと思っていた、新しいブレンドの紅茶は饅頭の甘みで香りもなにもあったものじゃない。まったく台無しだ。

「中身、何だよ…?。」

饅頭の皮と、微妙な甘さの具はこれって。

「チョコだよ。チョコ。バレンタインって言っただろ」

手に持っていた残りの饅頭を二つに割ると、確かに中は餡子ではなくチョコレートだ。

「次はこれだな。」

俺に渡しておきながら、勝手に紙袋から次の袋を取り出し手渡された。

「今度はクロワッサン…?」

この紙袋は見たことがある。確か学校の近くの商店街にあるパン屋のものだ。

津田や俵屋が持っているのを見たことがある。小さな店だが、かなり味が良いらしく午前で売切れてしまうとか。

「次がこれだな。パン屋の斜め前のケーキ屋のクッキー。で、これがその隣の駄菓子屋のチョコ菓子。コレが角の総菜屋のチョコ春巻き。で…」

次から次へと小さな袋を取り出して、ソファー前のローテーブルを埋め尽くしていく。

「翔。状況がまったく飲み込めないんだけど?」

山積みにされた袋の一つを覗くと、ビスケットにチョコが掛かったお菓子が入っていた。

それこそ、1000円も出せば紙袋いっぱいに買える安価のものだろう。

「愛しい愛しい薫ちゃんへのバレンタインチョコに悩んだ俺様は、学校の横の商店街に出向いたわけだ。そこで、1店舗ずつチョコが関連する物を選んできたわけだ。ありがたく受け取れよ」

笑う姿は、子供の様で。こっちも釣られて笑いそうになった。

昨日の放課後、いつの間にか居なくなっていたのはコレだったのか。

本当に、面白い。

どうしてこんなに考え方が違っているんだ。

元は一つの物体だったはずなのに。

「翔らしい莫迦な思い付きだな。とりあえず、もらっとく」

ビスケットを一枚銜えてソファーから立ち上がって、窓際のデスクの引き出しから小さい箱を取り出して、翔に勢いよく投げつけた。

「っと!投げるなよ。」

落としそうにながらも、キャッチしてにこりと笑った。

「サンキュー。薫からもらうのは絶対外れはないからな」

「去年フランスに行った時に食べておいしかったショップのショコラティエに作らせた。来日予定がないから空輸で直送。」

俺は電話一本かけただけ。自分は全く動いてはいない。

翔は自分が面白いと思うと労力を惜しまない。

まぁ、お互いに自分に損益が出るときは動かないけど。

「っと、なんでこんなに早く起きたのか忘れるところだった!」

いつの間にかに執事に俺の選んだ茶葉で紅茶入れさせてくつろぎ始めていたはずなのに、いきなり立ち上がった。

「翔。ソファーの上に立つな。傷むだろ」

「学校行くから着替えろ!面白い企画があるんだよ」

そういえば、土曜日なのになんで制服着てるか不思議だったんだ。

「はぁ?寒いし面倒なんだけど…って言いたい所だけど。本当に面白いんだろうな?」

暖かい部屋でゆっくり本を読もうかと思ってたけど。

「計画は既に動いてるぜ。構想1週間。役員は招集かけておいた」

また、楽しそうに笑う。

今日は誰が犠牲になるかは知らないけれど、翔と俺が楽しければ良いだろう。

「了解、会長様」

本はいつでも読めるか。

テーブルに本を置くと、ちょうど翔と目線が合ったのでお互いに口角を綺麗に上げて笑いあった。

「翔様のバレンタインドッキリ大作戦始動だ」

「ネーミングセンスは皆無なのは相変わらずだな。」

今日は楽しい一日になりそうだ。

 

坂野

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