AM9:30 小鳥遊家

 

 息苦しい、そう感じて眠りから意識が浮上した。

 夢見が悪かったのか、汗で額に髪が張り付いていた。

 起き上がろうとして、そこでやっと違和感に気がついた。

「おっはよー!アッキー朝だよ!起きてよ!」

 無言になるしかないだろう。

 目の前というか、俺の上に人が居る。腹の辺りに跨って、肩から顔からペチペチと叩かれた。

寝ぼけた目では霞んで見えないが見えなくてもこんな事をする奴は他にはいない。

「何やってんだ、聖夜…。」

 布団を引っ張りながら、なんとか上半身だけをベッドから起した。

「うん。おはよう。アッキー!」

 綺麗に巻いた髪を揺らしてにっこり微笑む姿はうっかり騙されそうになりそうだが長い付き合いだ。

 そうはいかない。

 ベッド脇のサイドテーブルにある時計を見れば930

 頭をガシガシとかきながら今だに人の上に乗っかっている聖夜の頭を小突く。

「土曜日の朝っぱらから何の用件だ。まだ寝いんだよ。」

 Tシャツ、ジャージのパジャマ姿で、布団から起き上がったせいで、かなり寒い。

 なんで、こいつは制服にコート羽織って人の上に居るんだ。

 寝起きで、頭が良く回らない。

「え、カイチョーからのメール見てないの?役員全員、集合掛かってるよ?」

 本日土曜日。学校は休み。部活も引退して自主錬はしているものの、休みの朝をのんびりと過ごすはずだったのに。

 枕元に置きっぱなしにしてある携帯を見ると、メールが1件。

『本日、昼までに生徒会室に集合!必ず来いよ!尚、チョコは誰からでも大歓迎だ!』

 生徒会長、吉良翔と書いて暴君と読む。

 メールを削除してしまいたい衝動を抑え、携帯を閉じた。

「ね。だから、ノエルがアッキーの事迎えに来てあげたの。」

 速く起きろとばかりに、Tシャツの裾を引っ張りながらバタバタと暴れる。人の腹の上だっての。

「わかったから、暴れるな。苦しい。起きるよ。」

 そう言うと、素直にベッドから降りるとちょこんとラグの上に座り込んで、乱れを直すように髪をクルクルと指で巻く。

「そうそう。速く着替えて!ノエル待っててあげるから。」

 ベッドから起き上がり、パジャマ替わりのTシャツを脱ぐと準備しておいたTシャツに手を伸ばす。

「ちょっと!アッキー!乙女の前で着替えないでよ。デリカシーが無いなぁ。もう。」

 何を今更だろうか。それに、誰が乙女だ。

「その割には、しっかり見てるじゃないか。」

「えーだって。アッキー鍛えてるなぁって。いい筋肉だよね。うん。」

 それはよくどこぞの変人様がおっしゃる台詞に似てるぞ。

寒いのでニットを着込んでからクローゼットに掛けてある制服とコートを取って、いつものスポーツバッグに財布と携帯だけ入れた。

何をやるかは知らないが、持ち物も何もないだろう。

「ほら、聖夜。茶入れてやるから飯食ってる間、リビングで待ってろ」

 聖夜に向かって手を差し出すと、当たり前のように俺の手をつかんで立ち上がる。

「ありがと。でも、ちょっとまって。」

 両手を俺の体の前で広げて止めてから、ドアの前においてある袋をガサガサとかき分ける。

「あった。アッキーの分はこれね。可愛くできたんだから!」

 濃いピンクの包装紙にリボンが掛かった包みを差し出されて、反射で受け取る。

「ん?何コレ?」

「開けてみて!すごく可愛いから」

速く速くと手をパタパタさせて急かされたので、思わずビリッと包装紙を破いてしまった。

「あ、バレンタインか。それにしても、器用だなお前は」

 中から出てきたのは、箱に入ったホワイトトリュフ。そこに、赤い点で野球ボールの縫い目が描かれていた。

「うん。頑張ったよ。皆の分もちゃんとあるんだよ。レンレンのは棒付でチュッパみたいにしたし、カナちゃんのはスパナ型だよ!」

 そうやって笑う姿はどこから見ても女の子で、バレンタインで騒ぐなんて全く持ってそれだ。

 男が100人居れば90人以上は騙されると思う。

「ありがと。よし、朝飯食うか。行くぞ、聖夜。」

「どういたしまして。3月は倍返しでよろしく!」

 もらったチョコはバッグに入れて、階段を下りる。荷物を持って、遅れて部屋を出た聖夜が

 階段の上で何か言ってたけど、巧く聞き取れなかった。

 

 

 

「一番最初にアッキーに渡したかったから迎えに来たんだよ。」

 

 

 
坂野

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